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日常と政治。

月曜の朝は忙しい。

特に、きもちが。

起きて食べさせて、

いってらっしゃいと言わねばならない。


5人目ともなると、

宿題せんくて怒られるのは自分なので、

全く関与はしないし、


食べるのも基本お腹減ったら食べるので、

強要はしない。

けど、給食までの時間お腹減ったら・・

と思うと何か入れといてほしいと思う。


そして子供は食欲が

健康のバロメーターなので、

その観察も兼ねての朝食。


今朝は茶碗一杯のカレーライスを

さらりとお腹におさめて登校。

大丈夫だな。


さて、選挙が終わった。

結果は想像したとおり。


びっくりしたことに、

鳥取は過去最低の投票率で48,93%。

有権者の半分以下しか投票していない。


投票しないってことは、

要は無関心ってことかなと思う。


病院を辞め4年。

金がない分時間があり

リプロをちゃんと学びなおし始めた。

そして、いかに性や生殖が政治に

左右というか利用?、搾取??

されてきたかを知った。


そして、個人的なことは政治的なことなんだと

ガッテンした。

例えば中絶。


産む、産まないは女性の権利。

けれども、産む権利ばかり優遇され

産まない権利は自己責任の名のもとに最終的には

女性だけに押し付け

社会的にもその女性を貶めるような枠組みを作った。


水子地蔵がその例だ。

1970年頃、

宗教団体と墓石屋の策略のようなこの行為に

便乗したのが政治。

国会議員が水子供養のお寺に参拝し(もちオトコの議員)

政治で価値観を誘導させた歴史がある。


お参りや供養をして、

こころの安寧が得られるならば確かにそれも

一つの方法だと思う。

けれど、それを強要するような空気感は

良くないし歴史を知ってしまうとガッカリする。


家族を生殖目的だと誤認し、

中絶を罪悪視させて、女性だけに負担を強いるような

からくりはもうたくさんだと思う。


民主主義っていうか政治は教科書のことではなく、

日常のこと。

日常生活こそが政治的なことなのかもしれない。

食べることや、マスクのこととか。


こどもだからとか老人だからではなく、

自分の意見を言いあう。


小さな社会である家庭のなかで

政治は始まっているんだと思う。


夕飯

ゴーヤチャンプルー(牛肉版)

なすてんぷら

ズッキー二の素揚げ

お蕎麦



*虫食いじゃないよ


ほおっ・・・

すごい形。

もう少し大きくなると緑になる。


葉っぱってすごいな。

この頃ちぎってもんで

匂い嗅いでがマイブーム。

ちなみにこれは匂いはなかった。








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