無介助分娩について思うこと。

明るくなってきた。

でも、今日は休み。

ゆっくりしたい。

・・・猫が起こしに来た。

ネコパンチをしてくる。

ああ、やめてくれ。

完全に爪が引っ込んだわけじゃないので痛い。

布団をかぶってみた。

けど、逃げない。

・・・つれあいが起床しそれについてネコも階下へいった。


先日、無介助分娩について意見が聞きたいと電話があった。

無介助とは、助産師や医師の立ち合いなしってこと。

自分たちでお米を作ったり、おうちを建てたり、

そして、お産も自分たちでやりたいなと考えている

人たちがいるのは以前から知っていた。


病院にいけば、なんとかなる。

助産師さんが産ませてくれる。

・・なんというか他力本願的なおもいをもってる

妊婦さんが多い中、

なかなか主体的にお産を考えているなあって思う。


ただ、医療者の多くは多分こう思っている。

身勝手。

命をなんだと思ってるんだ。

無責任。


先日息子に子供ができた。

妊娠初期の段階からお腹がよく張って、

今にも生まれてしまいそうな状態だった。

2、3か月入院し、点滴の毎日。

気持ちが参ってしまい精神科のお世話になったが、

子供のいのちはつながれた。


命を大切にするとは生きることを大切にすること

     「性について語ろう」より抜粋  池上千鶴子著

そうであるなら、

産むことは生き方っていう見方もできるような。


医療あってのお産でなく

女性あってのお産だから、

女性に寄り添うのは当然であるはずなのに、

命が最優先され置き去りにされる女性も少なからずいる。


お産への過度な医療介入もあるだろうし、

それを希望する人だっている。


お産は病気ではない。

自然なことであるからこそ、不測の事態がある。

自然は時として厳しく、容赦ない。


医療水準や環境がいまいちだったころは、

乳幼児死亡率や妊産婦死亡率が

高かった。

だから、”仕方ない”ですんでいた。

けれど、いろんな人の頑張りで

子どもやお母さんが死なない国になった。


そんな時代背景での無介助分娩。

圧倒的にマイノリティだと思うけど。

だからって、線引きはしたくない。


うまい具合にまとまってないけど、

自己責任でくくられる問題にはしたくない。


哲学とか社会学とか女性学。人類学もかな。

これらの広い視点でお産をとらえ直していけば、

もっと明瞭に説明がつくのかも。


なんだか歯切れの悪い終わり。

布団の中にもぐってしまいたい感じ。

グルグルしてきたので寝ます。


夕飯はオムライスにしようかと

思ったけど、包むの面倒で目玉焼きをのせた。

プラス、

近所の人からもらったブロッコリーを塩ゆでしたのと、

昨日のお汁。


*明日パパ教室で使う時間軸


助産師会のメンバーで

学校の先生をしているHさんが作成。

さあ、この時間軸をパパたちは

どんなふうに作ってくれるのか。

チョー楽しみですわ。




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