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執筆者の写真まきたひさこ

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快晴。

降水確率0%。


昨夜けっこうまじめにつれあいと話した。

うちは5人こどもがいて、まあそれなりにしっかり違う。

そんで、問題も多々ある。

その中で「なんで、助けてっていえないのか」を。


すぐに助けてっていえる子もいれば、

ぎりぎりまでいえない子もいる。

いえなくても、一緒にくらしていれば

なんとなくざわついている感じを受け取りこっちから

なあちょっと・・・。と切り出すときもある。


ご飯食べるときなんかに声かけるのがポイントで、

聞き出したいことがあるときは、その子の好物を作る。

とにかく、会話できる状態を作り、こっち側が聞く耳持ってるよ~

とアプローチする。


我が家の助けて問題を社会に当てはめてみた。

虐待をしている親。

死に追いやってしまうことがある。

新聞、ニュース、ネットでは鬼畜だの親失格だのいわれる。

養育能力がない、良識がない、自らも虐待されていたとか理由はいろいろだが

その一つに、たすけてほしいといえないのではと思った。


私はよく講義で助けてという勇気も時にはいるよ。と話す。

けれど、誰それに助けてなんていえない。

ひとへの信頼がなければいえないのではないか。

今は亡き佐々木正美先生が書かれていた。

「人を信じる力は赤ちゃんのころ、自分の世話をしてくれる人を信じることから

始まります。・・・・・その原点は親子です。

誰のことでも安易に信じていいの?と思うかもしれませんが、人を信じる力は信じられない人を見分ける力でもあるのです。信じられる人かどうかをちゃんと見きわめます。

逆に、信じる力が弱い人ほど、信じてはいけない人を信じてしまう傾向があります。」


また、自分を信じられる子は自己肯定感の高い子という意味らしい。

人を信じる力、自分を信じる力は生きる力ともいえる。


私たち親は我が子にささやかでよいから幸せになってほしいと思う。

その前に生き抜いてほしいと切実に思う。

先行き不透明ないまだからこそ

この思いは以前にもまして膨らんだように思う。


他人への不信感はやがて社会にも向かっていくのではと危惧する。

内閣官房に孤独・孤立対策室が設置され2か月が経過した。

自殺、虐待、孤独死、ひきこもり・・どこまで良い方向に向かうのか。


思えば私自身、助けてよと言えない人間だった。

頑張りすぎて、頑張っていない人をみると攻撃していた。

気が付かないほど意固地だった。

今はだいぶゆるくなってきたが。

まずは自分から。

そして周りの人がヘルプをだせるような空気感をもちたいなあ。



     *昨年雨が降る中の夜中登山。

      山頂付近では夜が明け雲海に出会った。

      ラピュタの世界みたい。

      本当に山はいい。

      空のグラデーションもいい感じ。                        

             




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