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執筆者の写真まきたひさこ

社会で生き延びるためのツールとして選ぶ結婚かあ・・・。

パッとしない外。

さむそ。

でたくない。

ああ、でたくない。

・・でも6時半を過ぎた。

起きねば。


未練たらしく布団から抜け出す。

そして、朝のルチーン。 7時25分には玄関をでてバス停に向かう。

小雨が降っていた。

傘をさし、おーさむっ。

白い息を吐きながら坂道を下る。


帰宅後、カムカムエブリバディをみて涙。

その後、昨日の新聞に目を通す。

我が家は日本海新聞。

パラパラめくってると、おお、なつかしき坂口健太郎ではないか。

「婚姻届に判をおしただけですが」

というドラマにでるらしい。


本来結婚とは愛し合ったものが皆に祝福され家庭を築いていく。

その、スタートという意味合いだった気がする。

けれど、ここに描かれるであろう結婚とは社会の中で

生き延びていくためのツールとして判を押すもので、

愛だとか子どもは二の次みたい。(もしくはない)


判を押すだけの結婚は法律婚で、押さない結婚は事実婚。

押すか、そうでないかで風当りは全く違う。

ドラマでは、きっとこのことも反映されるだろうな。


多様な性が本来の性の在り方であるというエビデンスが

認められず、同性婚はできない。

愛のない偽装結婚はまかり通っても。


そうか、結婚はツールなのか。

この記事を書いていたのは、ドラッグクイーンのエスムラルダさん。

なかなか、鋭い指摘にうーん。

と、唸ってしまう。


結婚かぁ、

冷たく言うと契約。

社会で生きていくときのアピールかなあ。


「結婚したら最後、自分の性的身体の自由を手放さなければいけないなんて恐ろしいことを、私はする気になれません」・・・上野千鶴子

やや、寄りすぎだとは思うけど素直な感覚だなとも思うし、

さすが上野さんって感じの言葉。


子どもたちが、そろそろいい年齢になっていく。

パートナーのいる子、いない子、様々。

その子たちが、・・・ツールだけなあ・・・

なんていったら、たぶん引くな。


私たち夫婦は子供らからはどんなふうに

みえているだろうか。

・・・ツールにはみえてほしくないんだけど。

どうなんだろうか。

ドキドキしながらきいてみたいような・・・。


夕飯は娘が家族分のオムライスを作成。

よっし、1週間に1回は作ってよ。

1回500円のお駄賃。

ええー。。作るよ。お母さん。

これからは、よろしく頼みます。


*東郷湖??東郷池??

先日かわいい友人のうちに

お邪魔した。

近くにあったでっかい水たまり。

娘は大喜び。

近くでは、水面を時折みながら

読書してる人がいた。







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