境界を生きる人たち。

雨。

休みの予定が仕事になり、

つれあいと息子のお弁当をぱぱっと作る。

雨はシトシト降っている。

今のうちに行かねば。


こんちゃん大喜び。

飛び跳ねている。

雷さえなければ大丈夫らしい。


今日は迎え火の日。

雨の中、おじいさんとおばあさんは墓へ。

私は家の仏さんに花を供え、般若心経を唱える。

ご先祖の皆様、お帰りなさい。


娘は、おじいさんたちとお出かけ。

私は、郵便局、本屋、馴染みの店へ。

少し肌寒く粕を買ってしまう。

帰宅後粕を牛乳で割って砂糖を少し加え飲む。

いける。


ゴロリとよこになり、図書館で借りた本を手に取る。

 境界を生きる 性と生のはざまで 毎日新聞「境界を生きる」取材班

この本が書かれたのは2013年。

性分化疾患、性同一性障害という言葉が使われている。

今も使用してないわけではない。

けれど、性スペクトラムからみれば、

病気でも障害でもなく、性とはこういうものなんだということらしい。


生まれたばかりの我が子を抱いた瞬間に

「男の子、女の子、どちらにしますか?」と医師から決断を

迫られたり、

男の子の外性器をもちながら子宮や卵巣のある子。

女の子の外性器を持ちながら精巣のある子。

本には様々な性を必死に生きている当人や家族、

もしくは命を絶ってしまった人や家族の

切実な状況・想いが綴られている。


生き物の性はオス、メスだけでなく2つの性の間には

バリエーションがあって中間的な表現型をもつ個体が存在する。

          深見真紀 国立成育医療研究センター


夕飯時、つれあいにうちの子らは男の子は男。

女の子は女だよなあ、と話しかける。

うん、うちはふつうだな。

言い方が悪かったかなあ。

ふつう・・・か。

そもそも、ふつうの定義自体が違うんだよな。

教科書から書き換えんとなぁ・・・。


性はグラデーション。

あいまいなもの。

男と女は固定的ではない。


中学校の講義で、性のグラデーションを希望する

学校は増えている。

思春期は性指向、性自認が決定的になる頃。

そのために、生きずらさも増えていく時だと思う。


あなたはあなたのままでいい。

なんてきれいごと言ってみても、

トイレや制服といったシステムの変化がなければ、

境界の中で生きてる人にとっては居場所はない。

透明人間のような存在だと思う。

このオリンピックがいい機会だったのに。

なんか中途半端になっちゃったな。


無関心からは何も始まらない。

まずは正しいことを知る。


性の多様性とは命あるものの生存戦略。

ご先祖様を迎える日にこの本を手に取ったのは

うーん、なんか意味あるんかな。

よくわからんけど、感謝。


さて、夕食はA5ランクを焼いた。

玉ねぎを焦げる一歩手前まで焼いて、

フライパンの横におき、

中央でA5を焼いて裏返してそのまま食卓にだした。

各自塩やたれで食す。

あと、ゴーヤの炒め物、みそ汁、刺身、わかめと大根のサラダ。

肉好きな娘は2切れが食べれず残した。

つれあいは、

こういうのをおいしいというんだなあ。

息子よごめん。私は2枚までだな。


⁂くずの花

この花を乾かして

煎じて飲むと二日酔いに

いいそうな。

根は葛根湯の主原料。

くず粉は体を温める。

でんぷん(ジャガイモ)は

からだを冷やすらしい。






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