出会いの不思議

晴天。

光が目にいたいくらいのいい天気。

さあ、今日はミニセミナー3日目。


病院勤務時代、第1子、2子の入院中にご縁のあった方。

(どうも、おへそを切るときが印象的だったようで、パートナーも覚えていてくれたよう)

病院勤務時代、更衣室が近くでよく話していた友人は年長さんをつれて。

小学3年生と2歳前のお子さんを連れた方。

そして、一人で参加されたお母さん。


本当に今日は昨日以上にとりとめがなく、

毛の話から涙の話をふくめ、実に多岐にわたった。

いつも、パンツ(一応テーマ)からそれるので、申し訳ないと思いつつ改善できていない。

来てくださった方々、ごめんね。


セミナー終了近く、「母が入院中お世話になった・・・」

5人子供がいること。助産師であることを聴いてました。

自分もお産の時に・・・とも言われた。

うーん、?母?誰だろう。

お母さんは今お元気ですか?

もう、亡くなりました。厚生から藤井にいって。平成26年いらっしゃいましたよね。


ほんとにわたしだろうか?母って誰?

帰路につきながら、細い糸をたぐりよせるように記憶をさかのぼった。


もしかしたら。彼女かも。


私は平成23年に娘を産み、3年の育休をとり26年に復職した。

そのころの業務は産科ではなく内科・外科等の看護業務がたびたびあった。

その時、印象深い患者さんがいた。

 

確か新潟出身だったような。

東京かその辺でパートナーと出会いいっしょに住んでた時にサルを買っていたことや、

自分の子供たちのことを嬉しそうに話していて、

長男さんのお嫁さんはほんといいこでね・・・とか

薬剤師になった変わった娘がいることや

料理の修行で海外でがんばっているイケメンの息子がいることや、

下の子が保育士で自分の面倒をよくみてくれるとか。皆、美男美女の役者ぞろい。

パートナーはコロッケ揚げてるから買いに行ってよとか。豆乳が好きとか。


気配りの達人みたいな人だった。

当時の担当医が彼女の子供の同級生のお父さんとあって、かなり言葉を選んで話をしていたような・・・

病状がどんどんすすんで、もう戻れないことを知っていたのに

明るくって、悲観的な言葉はなくって、

だから、彼女が寝込んでしまった時は、ほんとにほんとにしんどい時だった。


実は数回しか担当はなかった。けれど、

生き方、様々なもの、人、世界へのまなざし、彼女のセンスに惹かれていたのだと思う。

寝込んでいない時は、時々彼女の元にいき話し込んでいた。

そして、その時洗濯物か何かの用事で来られた娘さんにも挨拶をした記憶がふわりとよみがえってきた。


もらった、名刺には仕事場しか載っていなかったので

彼女を紹介してくれたフラリのAさんにもしかして旧姓はSさん?とラインした。

そうそうSさんです。

目頭が熱くなった。

あの時の。あの素敵な彼女の娘さん。


なんだか、彼女が娘をよろしくねと話しかけてるようで嬉しくなった。

お彼岸がすぎて、出会えたご縁のようで。

何とも言えない時の流れと巡り合わせの不思議を感じた。


さあ、明日は最終日。

どんな出会いがあるのか。

すべてのご縁に感謝して。合掌。





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