ゆっくり寝すぎて思ったこと。

昨夜珍しく10時前には寝た。

予定していた参加型ズームもやめたぐらい

どーっと疲れが全身にたまっていた。


今朝はつれあいが部落の草刈りだかなんだかに

出ていったのは覚えているけど、

それからは記憶にない。


私より遅くまで起きていて、

昨日も同じくらい疲れたはずなのに、

なぜか、この頃元気そうなつれあい。


少し前までは、

しんなりしていたのに、

みずあげした花のように

イキイキしている。


放物線でいえば最も底辺近くにいたころが昨年

11月~12月頃。

いや、今年の1月だな。


そこから徐々に上昇傾向でいまや

私より元気そう。

私が波打ってるんか・・?


彼をみていて、レジリエンス

という言葉が思い浮かぶ。

「回復力」「弾性(しなやかさ)」を意味する言葉。


予期しない事態には慣れていた

はずだった。

それが否定された半年だった。


そんな時に

周りができることは

かなり限られている。

そして、そんなときの

身のふるまい方は

一つ一つ手探りでいくしかないことを

こんな歳になって知った。


心配しとるで。

おもっとるで~って空気感をだしつつ、

直接手はださず、

自己決定はあなたがする。

それまでは待つしかない。


わからない時は(どう対応してよいか)

命に関わることでなければ冷凍保存しておく。

自分がそれを料理できるようになれば解凍して

向き合えばいいのかなと思った。


それから、

一緒に住んでいると渦中に巻き込まれ

見えなくなってしまう事が多い。


相手の問題を私の問題にすり替えないこと。

混同しないこと。

そうしないと、こちらが

参ってしまう。


助けてあげたいけど、

同時に私も助けてほしい時なのだ。


だから、

問題を空から見てる感じで

俯瞰するようなそんな感覚が

時にいるなあと思った。


これらを思った背景には、

やはりコロナや戦争、大きな事故が教えてくれる

ところも大きい。

人生は有限。

人は死ぬんだという極論があったと思う。


新緑のまぶしい季節。

初夏のような陽気が続く。


眠くなるような、

穏やかな日常。

眠ると回復するような疲れは

贅沢かもしれない。


フトンが恋しくなってきたので

おやすみなさい。


夕飯

豚肉の生姜焼き

ちぎりレタス トマト

わかめのすまし

もずくの醤油づけ



*ミントティー


そこらへんに生えていた

スペアミントを

片手いっぱいに摘んだ。

ポットにギュッと詰め込み

お湯を注いだ。

思ったより青臭くない。

いける。

フレッシュミントティー👍

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